カンボジアの観光スポット④ 続・平和を実感する施設
アロン スォ スダァイ。
髙林です。
今回も前回に引き続き、カンボジアの歴史について触れていきたいと思います。
前回はToul Sleng Genocide Museum(トゥールスレン虐殺博物館)について、
お話をしました。
今日はその続きです。
平和とはなんだろう?と、
少し立ち止まって、考える機会となれば…
では。
ここはチュンエク虐殺センター(Choeung Ek Genocidal Center)です。
カンボジアの首都プノンペン郊外にある、
ポル・ポト政権による大量虐殺の現場です。

広場に入ると、どこか寂しげな感じでした。
すぐに目に飛び込んでくるのは、一つの塔。
この塔、遠目ではわからなかったのですが、
近づいたときに、体が凍り付く感覚になりました。

ここは慰霊塔であり、中には数えきれないほどの頭蓋骨が
陳列していました。
そもそもこのチュンエク虐殺センターは、
S-21刑務所(前回ブログのトゥールスレイン虐殺博物館)で、
尋問を受けた者たちが、こちらに輸送されてきた後、
次々に虐殺をされた場所として残っています。

現地ガイドさんのお話では、目隠しと手錠をされた何百名もの罪なき人々が、
S-21刑務所から次々と連れてこられ、大量虐殺をされたとの事でした。
”強制的な自白をされた者たち”が、夜中にトラックに乗せられて…
銃殺はほとんど行われず、鉄の棒や農機具などを使用して虐殺。
人数が増えてくると、ガスや薬品による処刑を行ったり、
時には、生きたまま埋められたり。
性別年齢は関係なし。「自白に基づく正当な手続き」として、
自国民が次々に命を落とした現場です。
処刑道具の他に、発掘された骨や歯が展示されています。
今でも地面を掘れば、遺骨が出てくるとの事でした。

そして、この公園で、一番有名な木。
「キリング・ツリー(Killing Tree)」です。
以前のブログでも少し書きましたが、
幼い子供、乳児、幼児などが、虐殺された木です。
実際の処刑は「片足をつかんで、頭を木にたたきつける」と言った方法で、
子供たちの処分が行われていました。
理由は「将来、子供たちが成長して、自分(ポル・ポト)に復讐に来る」と。
S-21で尋問を受け「有罪」とされた知識人、文化人、富裕層その他、
ポル・ポト政権が認めた”必要ないカンボジア人”。
その子孫たちが、自分に歯向かう事を恐れたポル・ポトは、
いたいけな子供たちまでも、処刑の対象としていったのです。
すれ違う欧米の夫婦は、この木の前で静かにお祈りをされていました。
ここを訪れる人々は、幼くして命を落とした子供たちのために、
ミサンガをつけていくそうです。

と言う事で、2回にわたり「カンボジアの歴史」をお伝えしてきました。
約50年前に実際にあった「闇の歴史」。
今でも正確な数字が出ていないので、実際に虐殺された数は、
もっともっと多いとのお話でした。
平和大国・日本。プノンペンで、この場所を訪れるたびに、
改めて日本は幸せな国だと実感します。
若干重めのブログを続けましたが、
私が実際に体感した内容を、こうして伝えることも、
日本で頑張る彼らの背景として、知ってもらいたいと言う思いからです。
日本で頑張る外国人たち。
ありがとう。